生き恥! オタクの思想と文章力の変遷を見よう

ウサギは11歳の頃から小説を書いている

11歳の頃から小説を書いており、何を血迷ったか当時書いていた夢小説をまだ普通に保管している。普通の人間ならば即刻焼き払うような呪物を、ウサギは正気ではないオタクのため未だに保管している。

というわけで、今日は11歳の頃に書いた夢小説と、18歳の頃に書いた夢小説と、20+n歳の時に書いた夢小説を晒していこうと思います。

人間の思想は変わらないし、文章力はミジンコの身長分くらいは上がるよと。そういう記事にね、していきたいと思います。

11歳の頃に書いた夢小説

注意事項
こちらは大変な劇物となっております。高校時代、本作を読んだ友人から「ごめん……、読みたいとか言って……」と謝罪された曰く付きの作品です。
ヒロインの名前が本名、謎のオリキャラ複数、全編手書き故のライブ感に満ちた文法、小学生が考えるめちゃくちゃな内容と、まあなんていうか本当に目も当てられない代物です。心身共に十分健康なタイミングで摂取を推奨しております。また、共感性羞恥や観察者羞恥といった感情を刺激されて死にたくなった場合は、直ちに服用を中止し、お近くの神絵師又は神字書きにご相談ください。

本文(劇物なので伏せています)

いい香り それがワタシに残ってた記憶だった。
どうしてここにいるのかわからないような感覚…っ!
「ここは、なぜここにいるの?。」何もわかんない?
「ウサギ、目がさめたか?」ちくわ、いてくれたんだ。「ウサギ、大丈夫だった?」ささみも。「ねぇ、なにがあったの?」私はほっとして、2人に聞く。
「ニヴル魔晄炉で気を失って、セフィロスさんに助けてもらったんだよ。」ささみ、そうだったんだ。
「おぼえてないのか? ウサギ」
「うん、なんかいい香りがしたのだけ、おぼえてる…。」
「大丈夫なのか、ウサギ」ちくわ…。
「うん大丈夫。ささみもちくわも、そばに居てくれたから。安心したよ、ありがと。セフィロスさんにお礼言ってくるね。」
「うんわかった。行ってきな、ウサギ。」ささみがこう言ってくれた。2人とも。ありがと。

「セフィロスさん。ありがとうございました。さっき」
セフィロスさんの所へ行って、ワタシはこう言った。「セフィロスでいい」と言われ「あっハイっそうします」と答える。
「あの、一緒にお茶でも飲みませんか?」ワタシが聞く。「そうだな」
エーっいゃーった♥ ってオイオイ!?
「コーヒーでいいですか」「ああ」しばらく2人でコーヒーとミルクティーを飲んでいた。
「ウサギ。なぜミルクティーなんだ?」セフィロスが聞いてくる。
「あっ、ワタシ苦いのニガテなんです…」こう言うと、セフィロスはコーヒーカップを口に運ぶ。
口に含んだコーヒーを、ワタシの口の中に入れてくる。すべて入れるとやっと口をひらく。
「こうしたら甘い、だろ」
そう言うと、ギュっとワタシを抱きしめてくれた。
「セフィロス、ワタシの記憶に残ってたいい香りってアナタの香り、だったんだね。」ワタシがこう言うとワタシを抱きしめるチカラが強くなる。
「セフィロスさーん」だれかが彼を呼ぶまで、ずっとワタシ達はこうしていた…。

大人の<br>ウサギさん
大人の
ウサギさん

日本語教育の敗北みたいな文章、脈絡のない展開、小っ恥ずかしい内容。
どこに出しても恥ずかしい、立派な黒歴史です。
打ち消し線引いてるところまですべて原文ママです。
本当に殺してください。

18歳の頃に書いた夢小説

こちらはまともに読める内容となっています。安心して服用ください。

本文(剥き出しにするのも恥ずかしいので伏せています)

ぎゅう、と抱きついてきた体は、雨に濡れて冷たかった。
「……どうしたの」
「……どうもしてねぇ」
突拍子もない行動に驚いて理由を聞けば、切羽詰まった声で答えが返ってくる。
語尾にいつもの自信がなくて、捨てられた子猫の鳴き声のように、細かく震えていた。
何かあったのは、すぐにわかった。
「そっか、そうだね……、蘭丸はいつもの蘭丸だね……?」
わかったけれど、素直じゃない蘭丸に、素直に反応するなんて言語道断。こういう時の彼は、ただ黙って受け入れて欲しいだけの甘えん坊なのだから。
普段は燃えるように熱いくせに、今は酷く冷たい体が、ショックの深さを物語っているような気がした。
だから、言葉にはしなかったけれど、大丈夫、貴方なら乗り越えられるよ、という思いを込めて頭を撫でた。
「…………なあ、お前は、俺を1人になんて、しねぇよな?」
低い声がぽつりと呟く。
過去のことは、乗り越えられたような気がして乗り越えられないもので、不意に傷が開いて痛くなる、と言ったのは蘭丸だった。私も少なからず覚えるところがあったから、そうか、なるほどななんて思いながら、その時は私が彼の胸に縋って泣いていた。
こんなふうに悟り切ったことを言うけれど、やっぱり強がっているだけなのは、今日のこの確かめるような言葉からも明らかだった。
「うん、大丈夫、置いてなんていかないよ。一人ぼっちで置いていったり、しないから」
強がりな蘭丸に、多分かれが一番欲しいだろう言葉をあげる。私も、何度も何度も彼から貰った言葉。
言葉を呪詛のように紡いで、糸にして、がんじがらめにして。そうしてやっと人並みよりも少し寂しがりになる私たちだから、なおさら言葉が必要。
だからいつも、行かないでと行かないよ、置いてくのと置いてかない、寂しいのと寂しいよ、こんな無意味な掛け合いを、何度も繰り返してきた。
それでも、時々は優しい言葉欠乏症になってしまって、こうして我慢というブレーキが壊れてしまう。
だから私は蘭丸に、蘭丸は私に。
言葉をかけずにはいられない。
「行かないで」
「行かねぇよ」
「一人にすんなよ」
「しないよ」
なんて、意味のないことだとわかっているのに。
それでも止められない私たちは、多分生粋の寂しがりや、なんだろう。
明日はどっちが、縋り付くのだろうか。
そんなことを考えながら、蘭丸の銀髪を、緩く撫でた。

ウサギ
ウサギ

夢女子ウサギちゃんは「わたしがあなたを受け止めるから二人で破滅しようね」が基本思想です。好きな言葉は共依存、嫌いな言葉は両思い。
互いの弱いところをさらけ出して埋め合ってる依存関係を書いています、18歳の頃から。もうおしまいだよこのオタク……

20+n歳の時に書いた夢小説

悪ふざけで書いた、仲間内だけに見せる用の「実在の人物学パロ夢小説」です。
劇物につき、名前を別人のものに差し替え、一部セリフや容姿の描写を変更しています。
そりゃそうだ。ご了承ください。当たり前だ。

本文(ある意味劇物なので伏せています)

その日は日直で、私は課題のプリントを集めて先生のところに持っていこうとしていた。四、五枚のプリントをホチキス留めしたそれは、一つの束こそ薄っぺらかったけれど、クラス全員分ともなると厚さも重さもそれなりにあって、運ぶのは結構な重労働。
体育で顔面にボールをくらい、数学でとんちんかんな答えをし、雨なのに傘をバスに忘れ、今日とにかく不幸のどん底にいた私は、予想通りプリントを抱えて派手にすっ転んでしまった。ボロな校舎は雨漏りをするので、床が濡れている時があるのだ。
理科準備室の入り口、ゴールはすぐそこなのに。己の不幸を嘆きながら立ち上がった。スカートに付いたホコリをはたいて、それから呆然とする。足元に落ちていた一束を拾い上げて、それからため息をついた。廊下に叩きつけられたプリントは辺り一面に散乱していて、これを今から全部拾い集めるのかと思うと自然にため息が出る。

「うっわ、見事にぶちまけてる。ほんっとドジな」

後ろから声がした。笑いながら私の失態をからかうその声には聞き覚えがある。クラスメイトで、いつも私のことをからかってくる。それがちょっと苦手で、なるべく距離を置きたい相手。なのに今日の席替えで運悪く隣の席になってしまった、彼。
振り返ると、湿気でいつもよりくしゅくしゅになっている髪が目に入った。いつか先生に問い詰められた時、地毛で天然なんだと答えていたのを思い出す。海外のお人形みたいでほんの少し羨ましい毛質だと思ったこともあったっけ。

「佐藤くん……」
「名前で呼べって言ってんじゃん。苗字に君付けされたらさ、なんか特別感なくてやなんだけど」

名前を呼ぶと不服そうな顔をされた。でもしょうがない、別に彼と仲良くしたいとは思わないのだから。顔を見ればドジだのなんだのからかってくる人のことを好きになれるもんか。
名前を呼べと不満を申し立てる彼に背を向ける。プリントを拾うのはウンザリしたけれど、彼の相手をするよりはきっと摩耗しないだろうから。
最初に拾ったプリントをちらりと見る。出席番号は真ん中くらいだ。ああ、せっかく出席番号順に並べていたのに。これじゃあ一からやり直しじゃないか。深いため息をつきながら、プリントに手を伸ばすためにしゃがみ込もうとしたその時、心臓が止まりそうなほど強く跳ねた。

「あ、これ俺のじゃん」

私の後ろから急に手が伸びてきた。耳元で声がして、背中にほんのり体温を感じる。屈む準備をしていた体は、完全に次の行動を封じられてしまった。中途半端な状態で固まってしまう。だって仕方ないじゃない。こんなのって、だって。確信を持っていたけれど、確証を得るのは怖くて後ろは振り返れなかった。
彼はそのまま私が持っていたプリントを掴んだ。手からするりと紙が抜けていく。だけど私はやっぱり固まっていたので、手を下ろせなかった。だって、こんなに後ろからぴったりくっつかれているなんて、落ち着けるはずないじゃない。というか、誰かに見られたら絶対に勘違いされてしまうだろう。私がしょっちゅうからかわれていることは知られているし、勘違いされることなんてそうないだろうけれど。でも、私たちのことを知らない人が見たら。それだけは嫌だ、絶対に。
固まってしまった私に気づいたのか、耳元でまた声がする。それはいつも私をからかう時の声で、普段となにも変わらない。変わるとすれば、多分。

「なに、どーしたの」

距離感だ。
不思議そうな声が、耳のすぐ近くで聞こえてくる。声が聞こえるだけじゃない、吐息もすぐそばに感じてしまうのだ。普段はもっと少年っぽい声なのに、この距離で聞くと大人の男のそれで、私はそれが妙に落ち着かなかった。考えてみればもうとっくに変声期は終わっていて、少年っぽいという形容のほうがおかしいのだけど。
一向に反応しない私を都合のいいおもちゃだとでも思ったのだろうか。頭の後ろで何か企んだように笑った気配がする。嫌な予感がした。
そろそろこの状況にも慣れてきたので、私はいい加減にこの怪しい体勢から逃れようとして、だけどそれはできなかった。体が動かなかった。違う、動かなかったんじゃない。動かせなかった。

「あ、もしかしてビビってる? 可愛いとこあんじゃん」
「え、なに、ちょっと、え、なになになに」
「そんな暴れたらまた転ぶって」
「じゃあ離してよ、やだ、なんで」

腰を抱き寄せられて、後ろから抱きしめられていた。この状況の意味がわからなくて、ただただ混乱して、頭がパニックになる。
ああもしかして、これもいつもの嫌がらせ。そうかもしれない。私は彼が嫌いで、彼はそのことを知っていて、だからわざとこうして誰かに勘違いされるような真似をしているのだ。そうに違いない。
恋人と勘違いされて困る私を見て、きっとまた彼はケラケラ笑うんだろう。子供っぽい。小学生男子のまま成長が止まったみたいだ。
いたずらするみたいに、首にちゅっとキスされた。おそらく。ふわふわの髪の毛が首筋に当たって、それがくすぐったくて、何をされたのかは分からなかった。だけど多分、だって。

「いーじゃん、俺のこと嫌い?」
「きらい、だいきらい」
「そっかあ、じゃあ嫌がらせしちゃお」

嫌がらせで、この体勢で彼からされることなんて、キスくらいしかないのだ。
頭がおかしくなりそうで、よく分からないけれど泣きそうになった。それを察したのか、抱きしめられていた体が解放されて、とんっと背中を押された。急に拘束するものを失った体はその衝撃で前につんのめって、また転びそうになった。なんとか体勢を立て直して立ち上がって振り返れば、彼はおかしいものでも見たと言わんばかりに大笑いしている。
なんなんだこの男は本当に。もうこれ以上相手にしまい。そう思って、私は黙々とプリントを拾い始めた。そんな私に、これ以上相手にしてもつまらないと判断したらしい彼は何も言わずに去っていった。私の真横を通った上靴が遠くなっていく。

「あ、佐藤くんのプリント……」

拾い上げた最後のプリントは、彼の名前が書かれていた。私から奪っておいて、結局また置いていったらしい。ムカムカする気持ちでそれを拾い上げて、出席番号の正しいポジションに挟み込む。
立ち上がってスカートを叩いて、すぐ近くの理科準備室のドアを開ける。薬品のような匂いと、コーヒーの匂いの混じった独特な香りが私を包む。
先生がお疲れ様と言いながら手をぱたぱたと振ってきたので、小さく微笑んで机の上にプリントを置いた。一礼して去ろうとして、先生が私の背中に言葉をかけてきた。

「あいつさ、好きな子はいじめたいタイプって、前に言ってたんだよな」

あいつ。あいつって、この場合一人しかいない。
私は怖くて何も言えなかった。話してるのが丸聞こえだったことの羞恥とか、何があったのかうっすらバレていることとか、いろんな考えが頭の中を走り回る。そりゃあそうだ、理科準備室の真ん前で騒いでいたのだから、学校の薄い壁とドア一枚を挟んだだけじゃあ、きっと筒抜けに違いない。
だけど、そんなことより私が怖いのは、先生の言葉の意味を考えることだった。好きな子は、いじめたいタイプ。好きな子。
そうなんですか、ははは。棒読みな返事だけをして、逃げるように準備室を去る。教室まで早足で戻った。席のところに置いていた荷物を掴んで、それからようやく吐き出すように呟いた。

「好きなわけないじゃん、あんなの。それに私は、佐藤くんのことなんて……」
「好きじゃない?」

今日の私は一日ずっとついていなかった。
顔面でボールを喰らい、午後の降水確率は百パーセントなのに傘をバスに置き忘れ、プリントを床にぶちまけ、案の定雨がざあざあ降る中どうやって帰ろうかと思案することさえ忘れていた。あと、独り言を聞かれていた。返事までされた。
明日はいい日になるといいなあ。

ウサギ
ウサギ

思想で書いたわけではないため、ある意味最も恋愛ものっぽい読み口になっているのが興味深いですね。
あと、シンプルに最初と比べて文章がうめえ。

最新作 -それは人生で初めて、人前に出した夢小説だった-

これだけは本気で書きました。

本文(暴力描写があるため伏せています)

 一体誰が信じるだろうか。追い詰められたわたしは、小刻みに震える体を壁に押し当てながら考える。
 憎らしいほど晴れた昼下がり、男は森の中で血だらけになって倒れていた。哀れな姿に同情した女は、男を連れ帰って看病した。
 その結果が、この奇妙な〝家族ごっこ〟だ。
「……ルビ」
 一体誰が信じてくれるだろうか。この世のものとは思えないほど美しい顔をした男が、わたしに家族であることを強いているだなんて。
「返事をしてくれないか、僕の愛する妹」
 男は低い声で呟いた。吐息混じりの呆れたような声だった。壁に手を突き、わたしを腕の中に閉じ込めている男。バレンティーノ枢機卿。作り物のような顔に浮かべた笑みは、ぞっとするほど美しかった。
 状況の甘美さとそれにそぐわない緊張感に、体がぞわりと震えて冷える。深い青色の瞳を意識するだけで、途端に指先から血の気が引いていく。じんしんと痺れる感触がする。何か返事をしなければ。そう思うのに、用意した言葉は喉の奥深くで絡みあってぐちゃぐちゃにもつれ、たったの一音すらも吐き出せなかった。
「ルビ」
 もう一度、今度は焦れったさを隠しもせずに呼びかけられる。哀願に似た切実さを伴った声色だ。砂糖を溶かして煮詰めたような、焼けつくほどに甘い声。それなのに、有無を言わさない圧迫感のある声。
 心臓がつぶれてしまいそうだと思った。こわくてこわくてたまらない。逃げ出したくて仕方がない。それなのに、彼はわたしを捕らえて離さない。
 わたしは〝ルードべキア〟じゃありません。あなたの大事な人ではないの。今度こそ拒もうとして口を開く。だけど何も言わせてもらえなかった。壁に突いたのとは反対の手で、慈しむように頬を撫でられたからだ。そのまま親指で唇の輪郭をなぞられ、言葉を封じられたからだ。
 壊れものを扱うような心底優しい触れかた。切なさすらも感じる手つきに感じたものは、紛れもない恐怖だった。胸の奥が引き絞られてキリキリ痛んだ。体の震えが止まらなくなって、いよいよ頭がおかしくなる気がした。
「……ち、ちが」
 頭の中に浮かぶ言葉は一つだけ。逃げたい、逃げたい逃げたい逃げたい。こんなおかしな状況から、少しでも早く、逃げ出したい。
「ん?」
「ちが、い、ます……、わたし……」
 バレンティーノ枢機卿は、目を覚ましたあの日からずっと、わたしのことをルビと呼び続けた。時に甘く、時に優しく、時に切なさすら感じるような哀れっぽい声で。同時に、横暴に、強引に、そしてどうしようもないほど威圧的に。
 初めは記憶が混濁しているのだと思った。傷が原因で高熱を出していたし、なにより彼は長いこと意識を失っていた。だから目を覚ました時の混乱が尾を引いているのだと思っていた。
 だけど現実はもっと単純で、もっとどうしようもなく切実だった。
「わたしは……、ルビじゃ、」
 レディ・ルードべキア。バレンティーノ枢機卿が愛する妹。彼の庇護から逃げ出し飛び立っていったシスティーナのひばり。彼がわたしに呼びかける名の持ち主は、金色の髪に青い瞳をした、とても美しい女性なのだという。わたしと同じ、金色の髪に青い瞳をしているのだと。
 わたしが縛られている理由は、たったそれだけだった。この悪魔めいた美しい男が愛した妹と、偶然にも同じものを持っているだけの女。それ以外の全てが似ても似つかない人間。それがわたしだ。ただそれだけの理由で選ばれたのだ。この哀れで悲しい寸劇の〝プリマドンナ〟に。
「あなただって……、あなただってもうとっくに気づいているでしょう……!?」
 堪えきれずに叫べば、頬を撫でる手がぴたりと止まった。驚いたのだろうか。それとも、ようやく認める気になったのだろうか。この愚かな行いには、なんの意味も救いもないのだということを。
 虚しい期待を抱いてちらりと彼を見上げれば、深い青色がにこりと優しく微笑みかけてきた。わたしの視線を受け止めたバレンティーノ枢機卿は、ゆっくりと囁く。
 甘く優しい声だった。
「気づく? 一体お前は……」
 作り物のように整った顔に、とろけるほど甘い微笑みを貼り付けて。彼は穏やかに言う。
「何を言っているんだ、ルビ」
 最初は時間が解決すると思っていた。だからわたしはされるがまま、ルビという呼び名と、それに伴う苦しいほどの甘やかしを受け止めた。拒絶や否定が彼を混乱させ、却って事態をややこしくしてしまうと思っていたから。
 少しすると罪悪感が芽生え始めた。彼がわたしに注ぐ愛や言葉は、想像以上に甘く、重く、強烈な者ばかりだった。そしてそれらすべては本物のルードべキアに向けられるべきもの。わたしは紛れもなく簒奪者で、そして詐欺師だ。自覚した途端、自分の振るまいが居たたまれなくなった。その日を境に、わたしはやんわりと彼を拒むようになった。わたしはあなたの妹ではありません、ルードベキアではないのです。当たり前の〝答え〟を口にしながら。
 そうして彼を避け始めてから三日目の夜のこと。わたしはバレンティーノ枢機卿に呼び出された。
「なにって、……っ、わたしは、ちがう、違うの……!」
 彼はわたしを自分の部屋に閉じ込めた。地平の彼方に姿をくらました※太陽が、再び地上へ顔を見せるまで、ずっと。部屋に鍵はかかっていなかった。いつでも逃げようと思えば逃げられた。だけどわたしは、朝が来るまで部屋の外へは出られなかった。
 ルビ。全ては、愛おしそうに〝わたし〟を呼ぶ彼を拒んだせいだ。目が眩むほど強烈な殴打を寄越して優しく笑ったあの顔が、恐怖と共に記憶の奥底に焼き付いている。
 どうしたんだルビ。まるで僕のことを忘れてしまったみたいだな。そう言って、何度も何度も、表情一つ変えずにわたしを殴りつけた彼の、青い瞳。忘れようにも忘れられない、絶対的な恐怖の色だ。
 その夜は、まるで記憶を失ったようにただの一言たりとも喋ることができなかった。少しでも彼の気に障る言葉を口にしたら最後、わたしが自分をルビだと認めるまで、殴られ続けるのだと理解してしまったから。
「僕はお前の兄で、お前は僕の愛する妹で、一体どこにおかしなところがある?」
「……ぜんぶ、全部最初から間違ってます! こんなの……、ちがう……」
 次の日も彼はわたしを呼び出した。前の晩に味わった恐怖が忘れられなくて、だから馬鹿げた抵抗はしなかった。
 おかげでバレンティーノ枢機卿は気をよくした様子だった。膝の上にわたしを乗せて、愛おしそうに頭を撫でて、彼は片手でくるくるとワイングラスを弄んでいたから。
 だけど、彼の手の中で深い赤色の液体がとぷんと揺れるたび、胸を焦がすように甘ったるい声で名前を呼ばれるたび、狂いそうなほど甘やかされるたび、わたしの心は少しずつ削れていった。今度こそ彼を拒まなければ。彼から逃げなければ。わたしが壊れてしまう前に。覚悟ばかりが固まっていった。
 今日だって、その覚悟は揺らいでいない。全てをわかっていて部屋に足を踏み入れた。拒絶のためにここへ来た。わかっているし覚悟もしていたはずなのに、それなのにどうして。
 どうしてこんなに、体が震えてしまうんだろうか。
「ルビ」
 頬に添えられていた手が、ゆっくり焦らすように首筋を撫でる。怖いことなど何一つない、泣きたくなるほど柔らかな触れ方で。なのにわたしの体はガタガタと震えて止まらない。
 首は急所だ。このまま締めつけられて気道を塞がれるかもしれないし、もしくはもっと、わたしの知らない苦しくて痛いことをされるかもしれない。怯えまみれの考えばかりが浮かぶ。
 絡みつく愛情への恐怖に堪えきれず、気づけばわたしはバレンティーノ枢機卿の体を突き飛ばすように、胸板を両手でぐっと押していた。動いてよ。ここから逃げたいの。お願いだから、もうわたしを解放してよ。ありったけの思いをぶつけて力任せに押してみる。
 もちろん、体格のいい彼がこんなことでぐらつくわけがない。こんなのは無駄な足掻きだ。だけど、今この瞬間、私の頭の中には理性的な考えなんて一つもなくて。
「……っ、あなたは、バレンティーノ枢機卿は、苦しくはありませんか……? だって、わたしにどんなに愛を囁いたって、あなたの〝ルビ〟には……っ」
 きっとそのせいだ。理性が欠けてしまっているから、わたしはこんなにも迂闊なことを言ってしまった。そう違いない。思い浮かんだ日からずっと、今の彼に告げてはならないと飲み込み続けた言葉を口にするなんて。おかしくなっている以外の理由、考えられないじゃない。
「そうか」
 彼の冷めた一言ではっとして口をつぐんだ。けれどもう遅い。取り返しなんてつかないのだ。咎めるように手首を掴まれ、情け容赦ない力で腕を引っ張り上げられる。じっとこちらを覗き込んだ青い瞳には、怒りと悲しみがゆらゆらと揺れていた。
「お前はこんな簡単なことも忘れてしまったんだな」
「っ、ぅ……!」
 締め上げられた手首の骨が軋んで痛い。目一杯引かれた肩の関節が、今にも外れてしまいそうで痛い。踵が浮いてしまうほどの力が怖い。後悔したってもう遅いとでも言わんばかりの暴力に、後悔と恐怖だけが湧き上がる。
 いたい、こわい、おねがいやめて。なんでもいいから叫びたいのに、声が喉につっかえて出てこない。やめて、やめて、もう何も言わないで。
「なら、今度こそ忘れないように教えてやろう」
 うめくことしかできないわたしに、バレンティーノ枢機卿は穏やかな声で囁いた。
 教える。教えるってどういう意味。わたしは何も忘れてなんていないわ。反論しようにも、手首の拘束はますます強くなる。痛い、いたいいたい、いたい。何も考えられなくなっていく。怖い、こわい、この人がどうしようもなくこわい。
 こうなったら、いっそ今からでも許しを乞うてみようか。今からでも過ちを認めれば。いや、わたしが犯した過ちって、一体なに?
 ほとんどパニックになったわたしを宥めるように、彼は親指の腹で手首を何度か撫でてきた。繊細で柔らかい触れ方。まるで恋人の肌にでも触れるような、甘美な手つき。
 あまりにも場違いなそれは、彼の出した合図だった。
「っ、え……!?」
 状況と彼の意図に気づいた時には、全てがもう遅かった。体はぐらりと傾いて、見る間に地面へ吸い込まれていく。理由なんて考えるまでもない。簡単な子供でもわかる力学だ。
 体が浮くほど引き上げられた状態で、突然支えを外される。するとどうなるか。バランスを崩して背中側から床に倒れてしまうだろう。脚はもつれて上手く体を支えられず、もたもたしている間にも背中を床に打ち付けてしまうのだ。そう、今のわたしのように。
 瞬間、体からひどく鈍い音がした。重たい荷物を無造作に放り出した時のような、くぐもった衝突音だ。少し遅れて、内臓全部が揺さぶられるような痛みが体を突き抜ける。
 胃がひっくり返った錯覚がした。吐きそうになって、だけど何も吐けずに咳き込んだ。刺激がびりびりと体を伝う。起きなきゃ、逃げなきゃ。思いとは裏腹に、体は思うように動いてくれなかった。それどころか痛みが気持ちを容赦なく押しつぶしていく。
「ひゅっ……、っ、かはっ」
 床板にガリガリと爪を立てて痛みを堪えてみる。大した効果は感じられなかった。ただただ悶えることしかできないわたしはなんて惨めなんだろう。
 冷ややかに見下ろしてくる青い目は、どうしてこんなに怖いんだろう。視線を浴びせられるたび、体がガチガチに硬直していくのがわかった。バレンティーノ枢機卿。呼びかけようにも声が出ない。体が動かないから彼を止める術がない。絶望にまみれたわたしに、彼は少しだけ満足そうな顔をした。
「……ルビ」
 愛しいルードべキアわたしを呼ぶ声がする。ありったけの慈しみが込められた、砂糖のように甘い声。甘さでわたしの心をかき乱し、逃げ出す気力を奪い取る、まるで苦い毒のような囁き。ああ、また酷いことをされるんだ。理解したのに体が固まって動けない。
 もしかするとそのせいだろうか。優雅な動作で片足を持ち上げるバレンティーノ枢機卿の、まるで悪魔のような美しい姿に、ほんの一瞬、抵抗さえも忘れて見惚れてしまったのは。
「お前は僕の」
「や、めて……、言わないで……!」
「大事な、たった一人の」
「ちがう、わたしは……、ちがう……」
「妹だろう?」
 ドン、と音がしたのと、手のひらを床に縫い止めるように踏みつけられたのはほとんど同時だった。
 肉が潰れて骨が砕ける光景が頭に浮かんで、背筋がぞっと冷たくなる。直後、目の前が真っ暗になるような強烈な痛みが体の中を駆け抜けた。痛い、いたい、いたい。いたいよ。同じ言葉が何度も何度も頭の中で暴れ回る。苦しくて辛い。涙が溢れて止まらなかった。いたい。いたい。いたい。
 こんなにいたいのにどうして。どうしてあなたは〝ルードべキアわたし〟を求めるの。あなたの愛は、どうしてこんなに痛くてたまらないの。考えるほどわからなくなっていく。どうして、どうして、どうして。答えのない問いが浮かんでは消えていく。痛みで思考がばらばらになる。
「っあ、ぅ……!?」
 硬い靴底で手のひらを踏み抜きながら、バレンティーノ枢機卿は穏やかな声で言った。
「ルビ。お前だって、僕を拒んだままなのは嫌だろう?」
 これは罠だ。見え透いたトラップ。悪魔の誘い。乗せられてはいけない。理性が叫ぶ。だけど本能が、痛みで狂った本能が、なりふり構わず彼の手を取ろうとしてしまう。違うのに、そうじゃないのに。こんなことはもうやめたいのに。
 気持ちとは裏腹に、まるで懇願するような眼差しを送る。あの人は、いつもの甘い声で、甘い笑みで、わたしのことを受け止めた。彼の差し出す手は、救いなんかじゃないのに。
「……いつものように、僕を〝兄さん〟と呼んでくれないか?」
 手のひらを踏みつけていた足がそっと退かされる。ようやく痛みが去ったことに安堵して、だけど彼はわたしを許してなどくれなかった。
 硬い靴底が、今度はわたしの腹を撫でていたからだ。骨がないから柔らかく、そのくせ傷つけられたら命の危険を伴う場所。彼の意図を理解した瞬間、涙がポロポロと溢れてしまった。
 わたしは、一体何を間違ってしまったのだろう。
「……すう、き、きょう。バレンティーノ、っ……!」
「ん?」
 ぐっと圧迫感が増す。痛むほどではなかった。だけど恐怖が、また痛いことや苦しいことをされるのではという恐怖が、ゆっくりと、そして確実に理性を削り取っていく。
「……に、」
 だめだとわかっているのに、その言葉を口にしたくなる。こんなことをしたら、きっとわたしはもう、二度と逃してもらえない。閉じ込められたら最後だ。
 二人きりの狭い舞台の上で、世界が朽ちてしまうまで、或いは二人が死ぬその時まで。哀れに壊れたおかしな寸劇を演じ続けるしかなくなるのだ。それ以外を、彼は許してくれないだろうから。
「にい、さん……」
 そこまでわかっていたのに、わたしは。
「兄さん……、ごめん、なさい、ごめんなさい……!」
 彼の手を取ってしまった。
「……」
 軽く——彼なりには軽く、ゆっくりと腹を踏みつけられる。背筋がゾッとした。これ以上体重をかけられたらどうなるだろうか。踏み潰されて破裂した自分の死体が頭に浮かんで、ごめんなさい、ごめんなさいとうわ言ように繰り返す。
 半狂乱のわたしを見下ろした青い瞳には、ぎらぎらと形容し難い光が宿っていた。
「寂しいな。お前は僕の名前すら呼んでくれないのか?」
 なあ、愛しい僕のルビ。
 頭の奥がばちばちと痺れていく。ルードべキアわたしを呼ぶ声が頭の中で何度も響く。彼の名前は。バレンティーノ枢機卿の——わたしの兄の名前は。
「……チェシアレ、にいさん」
「なんだい、ルビ」
 その瞬間の枢機卿の、いや、チェシアレの表情は、やっぱりどうしようもないほど優しかった。
 まるで、ルードべキアわたし以外何もいらないとでも言いたげな、甘くて苦しくて切ない笑顔。そうやって笑いかけられて、優しく頬を撫でられて。
「わたし」
「うん」
「……わたし、チェシアレ兄さんのことが」
 彼を拒むなんて、はじめから無理な話だったとは思わない?
「だいすき……」

ウサギ
ウサギ

思想

結論

小説をたくさん書くと上手くなる。
あと思想
煮詰まる。

お後がよろしいようで。